フリーランスエンジニアのみなさんは、今いくらの資産を持っていますか?銀行預金が100万円以上とか1000万円以上ある人もいる一方で、10万円しかない、とか1万円(笑)、なんて人もいそうですよね。
でも、年間500万円稼いでいる30歳のフリーランスエンジニアさんは、4,700万円の資産を実は持っているんですよ。
は?何言ってるの?バカじゃね? 俺、銀行預金100万円なんだけど(笑)
はい、そうですね。でも、今回は実際の預金金額ではなく、フリーランスエンジニアの「稼ぐ力」のお話をしようと思います。この「稼ぐ能力」のことを人的資本(ヒューマンキャピタル Human Capital)と呼びます。要するに「年間500万円稼ぐ能力は、数千万円の価値がある」、ということなんです。
人的資本:「人間が持つ能力(知識や技能)を資本として捉えた経済学(特に教育経済学)の概念。具体的には、資格や学歴として測定される。初期の経済学では単に労働力や労働として捉えられていた」
(出所)Wikipedia 「ヒューマンキャピタル」より引用
とWikipediaにありますが、金融、資産運用のコンテクスト(文脈)では、「生涯に渡る労働収入の割引現在価値の合計」と表現されます。企業の理論的な価値、つまり株価は、「企業が未来永劫稼ぐ収益(キャッシュフロー)の割引現在価値の合計」ですから、言ってみれば人的資本とは「収入を得て働く個人の株価」みたいな概念です。
今回の記事では、フリーランスエンジニアの経済的側面から人生戦略を考えるうえで、「今どのくらいの資産を自分は持っていると想定されるのか」、そして「それをどう金融資産の運用に活用すべきなのか」を、「人的資本、金融資本」の考え方からご説明していきます。
ポイントは、
1)人的資本(人的資産)」をどう「運用」すればいいのか?
2)フリーランスエンジニアとして、この人的資本を増やすためには何をすればいいのか
です。
目次
フリーランスエンジニアは、今どんな資産を持っているのか
労働収入で生計を立てているほとんどの現役世代の人は、多額の人的資本を持っていることになります。つまり「フリーランスエンジニアの労働収入の現在価値=稼ぐ能力=人的資本=自分の資産」ということです。
これを「資産」と考えることに抵抗を持つ方もいらっしゃるかもしれません。しかし、「稼ぐ力」は心身ともに健康で働けるフリーランスエンジニアにとっては、ある程度決まった金額が毎月毎月金利収入のように入ってくるわけですから、債券や投資不動産のような「資産」だとも考えられますよね。
「金融資本」(Financial Capital, フィナンシャルキャピタル)は明瞭ですね? 要するに今現在フリーランスエンジニアが自分の名義で保有している株、債券、ETF、投資信託、外国通貨、日本円現金、金、REIT、仮想通貨(暗号資産)などなど銀行や証券会社などの金融口座にある金融資産の合計額で、基本的に時価評価されたものです。
ふぅーん、なんとなくわかったけど、その『現在価値』って何さ?美味しいの?
はい、それはこれからご説明していきます。
お金には「時間価値」があります。たとえは、フリーランスエンジニアが、とある1年間継続するプロジェクトに入ったと仮定して、その報酬総額1,000万円をいつ欲しいですか?
そうだなー、もしくれるなら、今すぐ前金で(笑)。1年後のカットオーバーの時とか、後払いは勘弁してよー。生活かかってるし、新車のローンもクレカのリボルビングもあるし
そうですよね。もらえるお金は「今すぐ欲しい」っていうのが普通の感覚ですよね。では、「1年後に支払いを伸ばしてくれたら、10%割増料金を払うよ」と言われたらどうしますか? つまり1年後に支払いを伸ばしてくれたら1,100万円です。
うっ、それは悩むなー。1年間我慢するだけで、100万円も余分にくれるの? それってめっちゃ美味しいじゃん!
はい、1年我慢するだけで、業務委託料を100万円増額しますよ。
でも、その間の生活コストは、預金100万円じゃ無理だし・・・ あ、そうか、1,000万円を金利3%で1年借りて、1年後に1,100万円報酬ゲット、金融機関への返済は金利含めて1,030万円、差額の70万円は俺のモノ、ってことで解決!
はい、そうですね。まぁ、プロジェクトの支払いが1年後なんて普通ないし、そんな目的で銀行はお金貸さないのが普通ですから、これはあくまでも仮のお話です。
でも、「今の1,000万円と1年後に得られるはずの1,000万円は、価値が違う」という概念、ご理解いただけたでしょうか? 要は将来もらえるはずの1,000万円は、その不確かさや、我慢の分だけ、「今の価値」が低いんです。逆に現在を基準に考えると、将来もらえるお金は、我慢した分だけ高くないと割りが合いません。これがお金の時間価値(TVM = Time Value of Money)と呼ばれる概念です。
そしてその「低く見積もる」度合いを10%と仮定しましたが、このパーセンテージを「割引率 (Discount Rate)」とか「金利 (Interest) 」とか「利回り、収益率、リターン (Return)」などと呼びます。言葉は多少違いますが、概念は一緒です。将来もらえるお金を一定の割引率で割り戻した金額は「現在価値(PV, Present Value)」と呼ばれます。逆に、現在を基準に将来もらえるお金は「将来価値(FV, Future Value)」です。
1年後の1,000万円の現在価値は、割引率を10%とすると、
$\frac{1,000万円}{(1+0.1)}=$909万909円ですね?
逆に今手元に909万909円あって、金利10%で運用すると、1年後の将来価値は909万909円$\times1.1=$1,000万円になります。
なるほど、なるほど。現在価値って、要はお金を銀行に1年預けたら金利がもらえる、ってヤツを逆算したものだね?了解
はい、そうなりますね。フリーランスエンジニアの労働報酬は1年後、2年後、さらに5年後、10年後と、未来になればなるほど、不確かさが増していきますよね?果たして自分は10年後、もっと稼げているのだろうか?
あるいは安い案件しか獲得できず、減ってしまうのだろうか?と。
これはフリーランスという生き方ではなく、会社員エンジニアでも、公務員でも一緒です。会社が倒産したり、工場閉鎖になったり、リストラされたり、公務員でさえも、激務により病んでしまい退職、とかあり得ます。
未来は常に不確定です。
会社員エンジニアでも、フリーランスエンジニアでも、その1年後の労働報酬は不確か、2年後はもっと不確か(二乗で不確か)、3年後はもっともっと不確か(三乗で不確か)、ということなので、「毎年1,000万円もらえるはず」は、実は「絵に描いた餅」で、一定の割引率で割り引いて現在の価値に直さないと、「人的資本」は計算できないのです。
人的資本の性質
人的資本の概念はお分かりいただけましたか?
うん、わかった!要するにフリーランスエンジニアの人的資本、って、生涯年収のことだね? 毎年平均500万円稼いでいて、これを30歳から60歳まで30年続けると、$500万円\times30年 =$1億5,000万円だ。すげぇ!
いえ、ちょっと違います。全然現在価値の考え方を理解してないですね(怒)
え?どう違うのさ?
フリーランスエンジニアの今年の年間収入を500万円と仮定しても、それが10年後、20年後に100%確実に同じだけ得られる保証はどこにもありません。もちろん高単価の案件に入り、2年目は600万円、3年目は700万円と、上昇していく可能性もありますが、それとて確実に3年後に700万円得られるのかわかりません。
したがって、1年後に90.9%の確率で500万円を得られると仮定したら、0.909を掛けて455万円が、期待値なわけですよ($\frac{500万円}{(1+0.1)}=455万円$と同じ)。「割引率10%」の概念は確率的にはそのようになります$\frac{1}{1+0.1}=90.9\%$
人的資本の概念は、今後毎年毎年得られるはずの報酬を、「将来の不確かさ」で現在価値に割引いた額の合計です。
具体的な計算式は:
$PV(Present Value)=\frac{CF_1}{1+r}+\frac{CF_2}{(1+r)^2}+\frac{CF_3}{(1+r)^3}+…+\frac{CF_n}{(1+r)^n}$
となります。
$CF_n$ はn年目のキャッシュフロー、つまり収入です。$r$は割引率で、毎年毎年の収入を$1+r$ で割引いた合計が人的資本です。「生涯年収」は、「現在価値に割引いていない毎年の収入の合計」なので、人的資本よりもずいぶん大きくなります。
そっかー。宝くじが当たると1億円で、その当選確率が1,000万分の1なら、宝くじの期待値は、$\frac{1億円}{1,000万}=10円$ってことと同じなんだね
はい、そのとおりです。ではここでフリーランスエンジニアのみなさんの人的資本がいくらくらいあるのか、計算してみましょう。
必要な変数は3つ($r$と$n$)、そして毎年毎年の年収CFです。
$r$ :割引率
$n$:働く年数
$CF_1$から$CF_n$までの毎年の収入額
$CF(=Cash Flow)$
条件を単純にします。
割引率を10%
今、あなたが30歳で、60歳までフリーランスエンジニアとして働くとして、$n=30$年間。CFは毎年増額し、中年期には減額すると仮定し、その平均として800万円固定としましょう。
1年目のキャッシュフロー$CF_1$の現在価値は
$\frac{800万円}{1.1}=727万円$です。
2年目の$CF_2$の現在価値は
$\frac{800万円}{1.1^2}=\frac{800万円}{1.21}=661万円$
3年目のCFの現在価値は
$\frac{800万円}{1.1^3}=\frac{800万円}{1.331}=601万円$
・・・・
30年後、60歳の時に年800万円の収入を得られると仮定すると、その現在価値は
$\frac{800万円}{1.1^{30}}=\frac{800万円}{17.45}=45万8,468円$
びっくりしませんか?30年後に年収800万円を目論んでいても、10%で割引くと、30乗するので、現在価値はたったの46万円ほどにしかならないのです。
フリーランスになって30年後に年収1,000万円とかで人生勝ち組!って思ってたけど、これヤバイよね?30年後の年収がたった46万円?これじゃシャレにならないよ
いえ、それは「現在価値」であって、30年後の年収ではありませんよ!ただ、将来世界の情勢も日本の情勢も、さらにあなたの健康状態とかスキルが陳腐化しないか、とか不確実性が大きく、それが30年積み上がると$(1+0.1)^{30}$すると、現在の価値として織り込むのが難しくなる、ということです。
それだけ遠い将来の見通しは、実現する確率は低い、ということですよね。
結局、EXCELに毎年の報酬の現在価値を入力して、合計すると7,542万円になりました。これが以上の条件の元でのあなたの保有している人的資本の額です。
うーん、この金額を今自分は持っている、と言えるんだね?ならかなり大きいな
はい、そうですね! 生涯年収は今持っている資産とは言えませんが、金融的に人的資本は今現在フリーランスエンジニアであるあなたが保有している労働価値としての資産総額とも言えます。
フリーランスエンジニアの人的資本をアップさせる方法とは
では、どうやってフリーランスエンジニアは自分の資産である「人的資本=稼ぐ力」をあげたらいいのでしょうか?それは3つのパラメーターを上げ下げすればいいので数学的には簡単です。
A)$r=割引率$を小さくする
B)$n=働く年数$を長くする
C)$CF=案件の受注単価$をアップさせる
A)割引率を小さくする方法とは
割引率を上げると、将来の報酬と働く年数を固定した場合、現在価値は小さくなります。逆に下げると現在価値は大きくなります。これは、現在の金額を固定して、金利を上げると将来価値が大きくなることの逆バージョンですから分かりやすいと思います。
では、この割引率は何で決まってくるのでしょうか?
それは、「不確実性の度合い」あるいは「確率」です。つまり「将来どれだけ確実に」フリーランスエンジニアとしての業務委託料が受け取れるか?です。この不確実性が高ければ高いほど(不安定なほど)、割引率は高くなり、現在価値、つまりあなたの人的資本は小さくなってしまいます。
つまり、フリーランスエンジニアとしての案件受注の確実性をアップさせることが必要なんだよな?
はい、その通りです。たとえば、
1)プログラミングスキルやプロジェクトマネージメントスキルを磨いて、安定的に受託できるようにする(プロフェッショナルエンジニアとしてのスキル磨き、大切ですよね?)
2)特定の業務知識を磨いて、その知識が必要な案件の受注に有利になるようにする(将来高単価の金融プロジェクトに入りたい場合、金融資格を取得する)
3)英語を磨いて、オフショア開発案件や外国籍人材が多いプロジェクトにも選ばれるようにする(海外案件にも入れるチャンスあります)
4)将来も安泰だと見込める分野、言語、業務の案件で経験を積み、その道のプロになる(専門性を高め、この分野ならこの人でないと、と思われる人材になりましょう)
5)コミュニケーションスキルを磨いて、対人関係を良くしたりして、「この人と一緒に仕事がしたい」と思われる人材になる。人に嫌われる言動を慎み、みんなと仲良くする(「こんな仕事なんであたしがしなくちゃいけないの?あたし、残業なんて絶対しない!」と現場で声高に叫んでいたある女性エンジニアさんは、途中退場になってしまいました。実話です)
フリーランスという生き方の不確実性は、会社員エンジニアよりも割引率が大きくなりがちです(絶対そうとも言えませんが)。ならば「常に選ばれるプロ」、「余人をもって代え難い人材」になることが、割引率を小さくして人的資本を極大化する方法と言えそうです。
ちなみに、割引率を10%から5%にすると、上記の条件で、現在価値は、7,542万円から1億2,298万円になります。
うおおぉぉぉぉぉぉぉーーーー すごすぎる。安定的に働く効果、ってすごい破壊力なんだね
はい、割引率はちょっと変えるだけで現在価値が大きく変わります。とてもセンシティブです。
B)働く年数を長くする
働く年数が長くなれば長くなるほど人的資本が大きくなることは直感的にも分かります。フリーランスエンジニアとして生涯働くのか、あるいはどこかでキャリアチェンジするのかはさておき、より長いフリーランスエンジニア人生を送るためには、
1)心身の健康に気を使う、健康に投資する。適切な運動や休暇、医療を受ける、職場の人間関係を良くして楽しく前向きに仕事をする。リモートワークが可能なフリーランスエンジニアなら、いっそ、リゾート地に移住してワーケーションを楽しめば人的資本が大きくなりますよ。夏は沖縄、冬はニセコ、なんてどうですか?(笑)。
2)新しいテクノロジーに興味を持ち、常に専門知識をアップデートすることで、エンジニア人生を長くすることができそうです。仕事に興味を持てなくなっては、エンジニアとして詰んでしまい、スキル定年が早期にやってきます。
さらに、上記Aで述べた「割引率を小さくする」さまざまなハックも、エンジニアの安定稼働を促し、働く年数をも長くさせ、人的資本の増大に役立つものが多そうです。
C)案件の受注単価をアップさせるには
受注単価の上昇も、人的資本を増大させます。これは、現在のプロジェクトの受託金額もそうですが、将来、より高単価の案件に入ることで、実現できますよね?
1)Aの割引率ダウンの方法で述べた受注の安定性は、同時に受注単価のアップにつながるものが多そうです。要は、フリーランスエンジニアとして、プロとしてのスキルを常に磨き続けることが大切だ、というわけです。
2)フリーランスエンジニアは仕事獲得のためにエージェントを利用し、単価を交渉してもらうことが多いですよね。単価アップのためには、さまざまなコツがあります。この件に関しては別の記事を参考にしてください。スキルシートの書き方、つまり自身をどう見せるか、も大切です。参考)【徹底解説】スキルシートの重要性と年収UPに繋がる書き方
3)フリーランスエンジニアのコミュニケーションスキルはとても大切だと思います。特にこの業界は口下手、シャイ、人と目線を合わさないでしゃべる、など基本的な職業人としてのコミュニケーション能力に問題がある人が一定数います。日々の仕事がコンピューター相手だから、人間と対話する必要がない、と思っている人はフリーランスエンジニアにはいないと信じますが、案件獲得のための面談は、自分自身の能力を示すプレゼンテーションの場です。コミュ力を磨くことが受注単価アップにつながり、人的資本を増大させることは言うを待ちません。
フリーランスエンジニアにとって、案件の単価は非常にこだわる部分ですよね? 可能な限り高単価で案件を獲得したい、と誰もが思います。本質的には、スキルを磨く教育投資、自己投資と、コミュ力を磨くことが最短の戦略だと思います。能力の裏付けがないのに「単価上げてくれ!」と主張し続けると、逆に人間関係が壊れ、退場になってしまうリスクがあります。
結局、フリーランスエンジニアの人的資本を増やす方法は、
1)割引率$r$ダウン
2)働く年数$n$アップ
3)受注単価$CF$アップ
の3つのパラメータの調整で達成可能であることがわかりました。
特に割引率を低くすることは大切で、それは「フリーランスとしての不確実性」を低めることに他なりません。一般的に言って、仕事の不確実性は、フリーランス>派遣>正社員 となりますが、ITエンジニア職の場合、高度なスキルベースの仕事なので、たとえ会社員であってもスキルが老朽化してしまうと、早期退職の憂き目にあう確率が高まります。要はフリーランスでも会社員でもITエンジニアである以上は、「プロとしての自己投資が不可欠」ということになりそうです。
つまり、人的資本を高めるためには、自分への投資って言うか継続的なお勉強がかかせない、ってことでオッケー?
はい、まさに言いたいことはソコです。スキルを磨き続ける自己投資が、安定的に、長く、大きく稼ぐ早道なんですよね。まぁ、巷に言われていることと同じ結論が「人的資本の増大」を切り口にしても導かれたわけです。
まとめ
- 「フリーランスエンジニアの人的資本」とは、自分が「生涯働く労働収入を現在価値に割引いた合計金額」。それは自分の保有している「資産」と考えられる。
- その要素、つまり働く年数$n$、割引率$r$、毎年の収入$CF_1,CF_2,CF_3…CF_n$が変化すると人的資本の額も変わる。
- フリーランスエンジニアの「資産」である人的資本をより大きくするためには、
- 働く年数$n$を長くする
- 安定的に報酬が得られるようにする(割引率$r$が小さくなる)
- 報酬$CF$を高くする
- ひとことで言えば、自分へのさまざまな投資がとても有効でオススメ。
- 特に若いうちは、人的資本の額が大きいので、なおさら自己投資が有効。
※本記事の内容は、資産運用のリターン・リスクについていかなる確約をするものでもありません。資産運用は自己の責任において行っていただきますようお願いいたします。